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福岡高等裁判所 昭和25年(う)2435号 判決

控訴人 被告人 山本午郎同鈴木奥津利の原審

弁護人 津川彌三郎

検察官 宮井親造関与

主文

各原判決を破棄する。

本件を原裁判所に差し戻す。

理由

被告人両名の弁護人鶴田英夫の控訴趣意は、同弁護人の提出している各控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

弁護人鶴田英夫の被告人山本午郎に関する控訴趣意第二点の(一)及び被告人鈴木奥津利に関する控訴趣意第一点について。

記録を調べると、各原判決が被告人山本午郎に対し、同被告人が他人の依頼をうけて密輸出すべき物資を、その情を知つて、運搬した事実、及び被告人鈴木奥津利に対し同被告人が印画紙等の密輸出を図つた事実を、それぞれ認定しその証拠資料として、被告人山本午郎に対する判決の証拠の標目中「一、鈴木奥津利の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書、一、鈴木奥津利の司法警察員に対する第二、三回供述調書」を、及び被告人鈴木奥津利に対する判決の証拠の標目中「一、山本午郎の検察官事務取扱検察事務官に対する第二回供述調書、一、山本午郎の司法警察員に対する第二、三回供述調書」を摘示していること、被告人両名は判決の言渡こそ各別にうけているが、共同被告人として、共同の審理をうけたもので、右各被告人の供述調書については、原審第六回公判期日の公判廷で、検察官のしたその取調の請求に対し、被告人両名及び弁護人は、いずれもこれを証拠とすることに同意しないと述べており、原審は刑事訴訟法第三百二十二条により取調べるといつてその証拠調をしていることが明らかである。

案ずるに共犯関係のない共同被告人は、ただ手続上の便宜によつて各被告人の事件が同一の訴訟手続に併合されて共同の審理をうけるもので被告人にとつては、第三者の関係にあるものと視るべきものであるから被告人の共同被告人に対する反対尋問権を確保するために、共犯関係のない共同被告人の公判外における供述、すなわち、共同被告人の作成した供述書又は共同被告人の供述を録取した書面は、刑事訴訟法第三百二十一条の適用をうけるものと解するのが相当であり、従つて、これを証拠とすることの同意が得られない以上、同条所定の要件を具備するときに限り証拠能力を有するものといわねばならない。

ところで共同被告人の検察官に対する供述調書について、被告人のこれを証拠とすることの同意が得られない場合、その証拠能力の有無を判定するに当つては、必らずしも、事件を分離し、共同被告人を証人として公判廷でその供述を求め、改めて被告人の反対尋問にさらさなくとも、もともと共同被告人は、同一の公判廷で共同の審理をうけ、刑事訴訟法第三百十一条第三項により、相互に反対尋問をなし得る機会が与えられておつて、被告人の共同被告人に対する反対尋問権は事実上確保されており、しかも共同被告人の公判廷における供述の内容は既に訴訟の経過によつて明白であるから、それが刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の要件を具備するものと認められる限り、直ちにこれに証拠能力を認めて証拠とすることができるものと解するのが相当である。

してみれば、原審が共同被告人の検察官に対する供述調書を証拠とするにあたり所論のように厳格なる意味における被告人の共同被告人に対する反対尋問権の行使をさせないで、直ちにこれを、各被告人の事実認定の証拠に供したこと、すなわち、本件において、前記のとおり、被告人山本午郎に対する事実認定の資料として共同被告人鈴木奥津利の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書を、又、被告人鈴木奥津利に対する事実認定の資料として共同被告人山本午郎の検察官事務取扱検察事務官に対する第二回供述調書を、それぞれ刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の要件を具備するものと認めて、証拠に供したことは、前段説明したところによつて正当であるから、共同被告人の検察官に対する供述調書は被告人にとつて被告人の共同被告人に対する厳格なる意味における反対尋問権の行使がないので、犯罪事実認定の証拠能力を有しない。という論旨は理由がない。

つぎに冐頭に説明したとおり、共同被告人の供述を録取した書面が刑事訴訟法第三百二十一条の適用をうけるものとすれば、被告人によつて共同被告人の司法警察員に対する供述調書は、これを証拠とすることの同意がない限り、同条第一項第三号によつてその証拠能力の有無を判定せらるべきものであるところ、本件において共同被告人の司法警察員に対する供述調書すなわち、被告人山本午郎関係において共同被告人鈴木奥津利の司法警察員に対する第二、三回供述調書及び被告人鈴木奥津利の関係において、共同被告人山本午郎の司法警察員に対する供述調書はいずれもその被告人にとつて、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号の要件を具備しないものであることは、多言を要しないところであるから、原判決が前記のとおり、各被告人の事実認定の資料として右に掲げた共同被告人の司法警察員に対する供述調書を右第三百二十一条第一項第三号の要件を具備するものと認めて証拠に供したことは、結局、法令の適用を誤つたものというの外なく、しかもその誤が原判決に影響を及ぼすことの明白であるためこの点の論旨はいずれも理由があり各原判決は刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に則り破棄を免かれない。

前記被告人山本午郎に関する控訴趣意第三点及び同鈴木奥津利に関する控訴趣意第二点について。

各原判決は「佐世保税関支署長大蔵事務官松尾信久作成の告発書」をいずれも証拠の標目中にかかげているが、告発書は、告発者のたんなる意見乃至判断を記載した文書であつて、訴訟条件としての告発の有無が争われたときに、その条件具備の証明に供するのは格別、これを以て直接に、犯罪事実を認定すべき証拠となし得ないことは、いうまでもないところである。

原判決は或は本件が訴訟条件を具備していることを表示する趣旨で掲げたのかもしれないが、判決に示すべき証拠の標目は、判示犯罪事実認定の資料に供した証拠に限るべきものであるから右のとおり証拠の標目の中に告発書を掲げたのは判示犯罪事実認定の資料に供したものと認めるの外ない。

すると、告発書を証拠の標目中に掲げて事実認定の証拠に供した原判決は、採証の法則に違背して法令の適用を誤つたものであり、その誤が原判決に影響を及ぼすことが明白であるから刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に則りこの点においても亦破棄を免かれない。論旨はいずれも理由がある。

よつて、弁護人の被告人両名に関するその余の論旨に対する説明を省略し、刑事訴訟法第四百条本文に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石亀 裁判官 後藤師郎 裁判官 大曲壮次郎)

被告人山本午郎に関する弁護人鶴田英夫の控訴趣意

第二点原判決は、被告人に対する判示犯罪事実認定の証拠として鈴木奥津利の検察官事務取扱検察事務官に対する第二回供述調書及び同人の司法警察員に対する第二、三回供述調書を援用している。而して鈴木奥津利は、原審において共同被告人として審理せられた者であり且右供述調書については、これを証拠とすることに被告人及び弁護人において同意しなかつたものである。(第六回公判調書、一八〇丁末尾)、そこで左の違法があると思われる。

(一)鈴木奥津利は本件の場合刑訴第三百二十二条の「被告人」に含まれず、刑訴第三百二十一条第一項に所謂被告人(本件では山本午郎)以外の者に該当する。ところが同人は共同被告人たる立場に在る関係上、被告人山本午郎にとつては刑訴第三百十一条第三項による外厳格なる意味における反対尋問権の行使はできないのである。従つて憲法第三十七条第二項及び刑訴第三百二十条により、被告人山本午郎の犯罪事実認定の証拠たる能力なきものと云うべきであろう。又鈴木奥津利について刑訴第三百二十一条第一項第三号に該当しないという点から観てもその供述調書の証拠能力は否定せらるべきである。果して然らば、原判決がこれ等の供述調書を他の証拠と綜合して犯罪事実を認定したのは判決に影響ある違法である。

第三点原審第二回公判において、検察官は本件公訴事実を立証するための証拠として、佐世保税関支署長松尾信久作成の告発書の取調請求を為し、第四回公判において弁護人の同意があつて、裁判官は証拠書類としての証拠調を為した上(七九丁)原判決ではこれを犯罪事実認定の証拠に供している。しかしながら告発書は報告文であつて、法律上認められた証拠書類ではないから、告発の事実を証するためならば兎も角、右のように犯罪事実認定の証拠としたことは弁護人の同意があつても明らかに違法である。而して右告発書の内容は、原判決認定の犯罪事実の全部を包含しているのみならず、これによれば、かくの如き認定を下さなければならないと何人にも思われる程有力な幾多の間接事実が記載されて居るのであるから、これを綜合証拠に供した違法が判決に影響あることは勿論である。

被告人鈴木奥津利に関する弁護人鶴田英夫の控訴趣意

第一点原判決は、被告人に対する判示犯罪事実認定の証拠として山本午郎の検察事務取扱検察事務官に対する第二回供述調書及び同人の司法警察員に対する第二、三回供述調書を援用している。而して山本午郎は原審において共同被告人として審理せられた者であり、且右供述調書については、被告人及び弁護人に於いてこれを証拠とすることに同意しなかつたものである。(第六回公判調書一八〇丁末尾)、右山本午郎は本件の場合刑訴第三百二十二条の「被告人」中に含まれずして、同第三百二十一条第一項に所謂被告人(本件では鈴木奥津利)以外の者に該当するものである。ところが同人は共同被告人たる立場に在る関係上、被告人鈴木奥津利にとつては刑訴第三百十一条第三項による外厳格なる意味における反対尋問権の行使はできないのである。従つて憲法第三十七条第二項及び刑訴第三百二十条により、被告人鈴木奥津利の犯罪事実の証拠たる能力なきものと謂うべきであろう。又山本午郎について刑訴第三百二十一条第一項第三号に該当しないという点から観てもその供述調書の証拠能力は否定せらるべきである。果して然らば原判決が、これ等の供述調書を他の証拠と綜合して犯罪事実を認定したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな違法である。

第二点原審第二回公判において、検察官は本件公訴事実を立証するための証拠として、佐世保税関支署長松尾信久作成の告発書の取調請求を為し、第四回公判において、弁護人の同意があつて、裁判官は証拠書類としての証拠調を為した上(七九丁)、これを犯罪事実認定の証拠に供している。しかしながら告発書は報告文書であつて、法律上認められた証拠書類でないから、告発の事実を証するためならば兎も角(告発の事実は訴訟事件であるから証拠の標目として掲ぐる必要はない)、右のように犯罪事実認定の証拠としたことは、弁護人の同意の有無に拘らず明らかに違法である。而して右告発書の内容は、原判決認定の犯罪事実の全部を包含しているのみならず、これによればかくの如き認定を下さなければならないと何人にも思われる程有力な幾多の間接事実が記載されて居るのであるから、これを綜合証拠に供した違法が判決に影響あることは勿論である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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